2009-10-17

関西学生アメフト Div. I 参加校におけるスポーツ推薦入試

というわけで、関西学生アメフトDiv. I 参加校におけるスポーツ推薦入試のまとめ。
……の前に書いとくけど、僕は「スポーツ推薦入試」という制度に賛成でも反対でもありません。優れた運動能力を持つ学生が大学スポーツで活躍するのはいいことだと思いますが、一方で一部のスポーツエリートで見られるように学業よりも競技生活優先になってしまうのもどうよ、と思うわけで。
あと、「お約束」の免責条項。以下は2009年度関西学生アメフトDiv. I 所属校の2010年度入試について、インターネット上で公開されている情報をざっとまとめたものです。すでに募集期間が終わってたり、そもそも一般に開放されてなかったりすることもあります。受験生本人や関係者は、進学を希望する大学のWebサイトなり紙の資料なりできちんと調べてください。

で、それはともかく。
まずは古豪、関西学院大学。「スポーツ能力に優れた者を対象とした入学試験」というのがありまして、募集競技種目の中にきっちり「アメリカンフットボール」が入っています。ここの場合、系列の関西学院高等部にもアメリカンフットボール部がありますし。
続いて新興勢力から一気にトップレベルに躍り出た立命館大学。こちらも「スポーツ能力に優れた者の特別選抜入学試験」の競技種目に「アメリカンフットボール」が入っています。ここも系列校に立命館宇治高校アメリカンフットボール部があります。
まるで15年前の立命館大学のように快進撃を続ける関西大学は、数年前から「SF入試」というのがスタートしていて、当然のように「アメリカンフットボール」が対象種目になっています。ちなみに、SFというのは、"Sports Frontier" であって、"Science Fiction" ではありません。残念。ここも系列の関西大学第一高校アメリカンフットボール部があります。
以上の3校が、アメリカンフットボールを明確にスポーツ推薦の対象種目に入れている大学。新興勢力の関大を含めて、関西学生アメフトの三強を形成しています。
あと、この3校で共通しているのが、アメリカンフットボールでのスポーツ推薦に関しては、高校時代の競技種目が不問になっていること。野球やサッカーみたいに間口が広いスポーツじゃない、ということを反映しているわけです。

他に、同志社大学、近畿大学、甲南大学にスポーツ推薦入試の制度がありますが、この3校はアメリカンフットボールが対象種目に入っていません。他のスポーツでは強豪だけど、アメリカンフットボールに関しては中堅どころ、という感じになります。
また、国立大学である神戸大学では、発達科学部人間行動学科のアドミッション・オフィス入試 (PDFだけど入試要項) に身体運動受験というのがあります。これも一種のスポーツ推薦、と言えないこともないけど、なんか違う。
最後に京都大学。……なんだけど、ここは一般入試以外ありません。ギャングスターズでアメフトやりたいなら、普通に勉強して普通に受験してください。

というわけで、入試制度から見る限りは、関西大カイザース、立命館大パンサーズ、関西学院大学ファイターズの三強時代がしばらく続くことになりそうです。また、京都大学ギャングスターズの低迷はこれからも続きそうです。

2009-10-12

立命館大学パンサーズ vs. 関西大学カイザース

  1. 関西大学カイザースが関西学院大学ファイターズに勝利
  2. 全勝対決となる立命館大学パンサーズ vs. 関西大学カイザースに注目が集まる
  3. 『当初会場としておりましたエキスポフラッシュフィールドでは、混雑による事故発生を防止し、場内の安全確保のためにも、より大きな会場での開催の必要があると判断し、下記の変更を決定させていただきました。』
ということで、一週間ちょっと前に試合会場が急遽京セラドーム大阪に変更された、立命館大パンサーズ vs. 関西大カイザースを観に行ってきました。
試合は勢いに乗る関西大を昨年王者の立命館大が余裕で下す……と思いきや、関西大のディフェンスが試合をしっかりコントロール。散発的にビッグゲインを許していましたが、3インターセプトと要所要所をしっかりと締めて、立命館オフェンスを1TDのみに抑えていました。オフェンスもラインがちょっと弱いかな? と思わせるシーンもありながらも、2TD。結局、関西大が14-7で勝ってしまう、というものすごい結果になりました。立命館が関学 or 京大に負けたのって、92年以来だそうな。
ということで、1948年シーズン以来61年ぶりの関西大の優勝が現実味を帯びてきました。別に何か超常現象が起きた、とかではなく、最近やってるSF入試の成果が出てきた、ということでしょう。
あと、関大のオフェンス見てると、
  • 試合開始時のキックオフでいきなりオンサイドキックに成功
  • 最初のシリーズで1stダウンが取れずにパント、というシーンではフェイクパント
  • 2回目のTDのあとのキックオフでも懲りずにオンサイドキック
  • 50ydsオーバーのFGを狙う、と見せかけてフェイクFG
と、いろんなことをやってました。「アイシールド21」の読みすぎやろ、それは。

2009-10-04

Google カレンダーでアメフト日程を

というわけで、次のようなものを作ってみました。
Google Calendar なり、iCal なり、icalフォーマットの読めるソフトで使ってやってください。
9月頭ぐらいに作ってたんだけど、あまり積極的に広める努力をしてなかったんで、書いてみました。
関東学生リーグも作った方がいいかもしれないけど、関東リーグは僕が見に行けないので作る気になれない、ということで、誰か作ってください。

2009-10-03

2016年オリンピック


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Originally uploaded by y4su0

予想通り (?) 東京は落選でした。シカゴが最初に落ちたのがちょっと、というか、かなり意外でしたが。
というわけで、JALの東京オリンピック誘致バージョンの写真でも。

2009-09-24

ミルコの思い出

Mirko "Cro Cop" Filipovic Officially Retires From MMA [Sep 23, 2009]

さようなら、ミルコ・クロコップ。ということで、個人的な思い出話。

僕がミルコを初めて見たのは、友達に誘われて見に行ったK-1 Grand Prix '99 開幕戦 (大阪ドーム) でのこと。当時最強選手だったマイク・ベルナルドと対戦して、いきなり見事なKO勝ちでした。「まあ、ベルナルドが勝ちやろ」と思ってたので、かなりびっくりした記憶があります。僕が昔から好きだったDuran Duran の 「Wild Boys」を入場曲に使ってたあたりもポイント高し。

その試合の後、大阪ドームの大型ビジョンで流れたのが、よりによってベルナルドが出演していたカミソリのCM。画面上で「キレテナイ」と言ってたベルナルドに向かって、友達と「切れてないのはお前や~」とツッコミを入れたりしてました。

結局、そのときのK-1についてはミルコ vs. ベルナルドの試合のことしか覚えてないし、その後 K-1を生観戦することはなかったし、ミルコが主戦場を Pride に移したあたりから K-1 はあまり見なくなったし、ということで、ミルコの試合の印象は今でも強烈に残っております。

これからまた政治の世界に本格的に足を踏み入れるのか、後進の指導にあたるのか、今後の活動のことについてはまったくわかりませんが、同年代の人間の一人として、ミルコの今後の人生が充実したものになることを祈っております。

2009-04-08

F1 GPにおけるハーフポイント

F1公式サイトの2009年4月7日付け記事 “Short cut to victory - the other four ‘half point’ Grands Prix” で先日のマレーシアGP以外でハーフポイントになった4つのレースについてまとめられているので軽くご紹介。

  • 1975年スペインGP (75周中29周走行) --- モンジュイック・パーク仮設コースでの開催。シュトレメン (ヒル) が重傷 & 観客5人が死亡、という大事故で打ち切り。
  • 1975年オーストリアGP (54周中29周走行) --- 山の中に作られたエステルライヒリンクで大雨により打ち切り。
  • 1984年モナコGP (77周中31周走行) --- 大雨で打ち切り。審判長を務めていたジャッキー・イクスが2回目の赤旗を早く出しすぎた (かもしれない) という疑惑がある。
  • 1991年オーストラリアGP (81周中14周走行) --- 大雨で打ち切り。24分で終わった史上最短レース。
日本におけるF1人気ブーム絶頂の頃 & 中島悟 (一貴の父) の引退レース、ということで、30代以上なら91年のオーストラリアを覚えてるかもしれません。

あと、84年のモナコは「セナが初優勝していたかもしれないレース」として有名……なんだけど、最後までレースやってたら多分セナの後ろにいたシュテファン・ベロフがセナもプロストもかわして優勝していたかもしれません。そのベロフは3位でゴールするものの、所属していたティレルの偽装問題 (水を積んで車検の重量測定をごまかしていた) に絡んで失格しているので、公式記録に名前が残っていません。

2009-04-06

F1マレーシアGP

F1マレーシアGPは雨による中断により規定周回数(75%)走ってない、ということでハーフポイント。ハーフポイントはF1 GP史上5回目であります。年間チャンピオンが0.5ポイント差で決まったこともある (1984年。チャンピオンのニキ・ラウダ 72 pts. に対してプロスト 71.5 pts.) ぐらいで、フルポイントもらえなかったのが意外と後で効いてきたりします。

……で、今回の件でびっくりしたのが、「あの」雨のアデレードからもう18年も経ってること。あの時はこれで引退の中島悟が一番にクラッシュするわ、ピットレーンでアクアプレーニング起こしてクラッシュするマシンが出るわ、24分でレースが終わるわ、結局アイルトン・セナが勝ってるわ、で、大騒ぎでした。 このレースに出走していたドライバーのうち、中島とピケの息子はF1デビュー済みなんだから、そりゃわしも年取るわけだわ。