2005年12月5日月曜日

東海辰弥のこと

東海辰弥というアメフト選手を知ってますか?

1986年、87年と京都大学ギャングスターズは甲子園ボウルで2回目の2連覇を達成します。このおかげで「京大のアメフトは強い」というイメージが広がり、京大ではスポーツ経験のある新入生が軒並みアメフト部に入ってしまい、他のスポーツは散々な成績、という状態が続きました (最近はギャングスターズも新入部員の確保に苦労してるみたいだけど)。

閑話休題。この2連覇の時に QB を務めていたのが東海辰弥です。ショットガン・フォーメーションからの華麗なオプション・プレーの印象が強烈でした。もちろん、そのプレーの裏にはチームメンバー全員の戦術に対する深い理解があったこ とはいうまでもありません。TV中継でも「これだけ複雑な戦術を理解して使いこなせるのは京大生ならでは」という感じの解説がされてました。

今 から見れば、メンバー全員に戦術を理解させるのは当たり前のことだし、さらにその戦術を使いこなせなければならないのも当然のことです。しかし、「アメフ トはなんとかの一つ覚えと力押しのスポーツ」と思われていた当時としては、ギャングスターズのくり出す戦術は画期的なものだったのです。

甲子園ボウル2連覇だけではなく、学生代表として出場したライスボウルでも2連覇を達成、さらに2年連続のミルズ杯(年間最優秀学生選手)まで獲得、と向かうところ敵なしの大活躍で、さらにはNHKの番組にゲスト出演して体力測定されたり、と今ならありえないような事態にまでなりました (ちなみに、体力測定の結果は「同年代の男性の中では平均レベル以下」。要するに「アタマだけでなんとかなってた」ということ)。

甲子園ボウル公式サイトのパスレイティング記録には「2位 東海辰弥」という名前が未だに残っていますが、実際のプレーの印象はもっと強烈でした。リアルタイムで見ていた小学生の僕がアメフトにはまり、ギャングスターズ・ファンになるきっかけを作った人ですから。

京大卒業後、東海はアサヒビール・シルバースターに入るのですが、そこで東海が持ち込んだ習慣の一つが「黒板に向かってフォーメーションのお勉強」。古くからいた選手たちは「今さら勉強かよ~」と言いながらノートをとってたそうな。

以上、ちょっと昔話でした。細かいことは「当時小学生~中学生だった僕がそのように理解した」というだけにすぎないので、どえらいウソを書いてるかもしれません。誰か補足してください。